肌寒い梅雨空から一転、関東でも体温超えの猛暑日が続いた2019年の8月8日、「気仙沼音楽復興支援ジャズライブ」が開催された。

「気仙沼音楽復興支援ジャズライブ」とは?

復興支援音楽の会は、東日本大震災の直後、横濱JAZZ PROMENADEに参加していたミュージシャン、そしてスタッフ=横浜JAZZ協会関係者が「被災地の復興のためになにかできないか」と立ち上がったことに始まる活動。

2011年に「ヨコハマから届けようジャズの元気」と題したイベントを企画し、以来そうした募金事業によって、被災地の楽器の手当てや練習場の確保などジュニア・ジャズ活動への支援を続けている。

磯子区市民文化センター杉田劇場での公演は3年連続で3回目。毎回テーマを変えてのプログラムを組んでいるが、今年は美空ひばり没後30年であることにちなんだ「ひばりの名曲をジャズにのせて」というサブ・タイトルを付けた内容となった。

19時ちょうど、開演。

定刻になり会場は暗転。舞台には当夜のプログラムを担当した小針俊郎(横浜JAZZ協会副理事長)が登場し、今回のテーマである“美空ひばりと杉田劇場”のエピソード(名旧杉田劇場で美空ひばりが世にデビューしたと伝えられている)を交えた挨拶のあと、トリオのメンバーと当夜の歌姫キャロル山崎を呼び込んで演奏がスタートした。1曲目は「真赤な太陽」だ。

続いて「川の流れのように」「愛燦燦」と、ミドル・テンポのジャズ・バラードに仕立てられたヒット曲をキャロル山崎が朗々と歌い上げる。

「悲しい酒」では田中和音のピアノを伴奏にシットリと、「お祭りマンボ」では稲垣貴庸のアグレッシヴなドラム・イントロに気持ちも合わせてガツンと、“ひばりの名曲”を見事にジャズへ、そしてキャロル山崎の世界へと引き寄せていく。

それにしても当夜の彼女、低音域の伸びがメロディーを立体化させていくように広げて、それがさらに加藤真一のベース・ラインと絡み合いながら表現力を増幅させているように感じた。もしかしたら“昭和の歌姫”が杉田劇場のにぎわいに誘われて、あの世から声を重ねてくれていたのかもしれない──などと考えるのも楽しい。

田中和音のソロによる「胸の振り子」を挟んで、一度舞台袖に下がっていたキャロル山崎が再び登場。セットの後半は“美空ひばりにちなんだ歌”からちょっと離れた、昭和の懐かしい曲を取り上げるコーナーへ。

「ブルーライト・ヨコハマ」「ヨコハマ・ホンキートンク・ブルース」でファースト・ステージを締め括った。

セカンド・ステージはピアノに秋満義孝を迎えて、グッとジャジーさを濃くしたプログラム。

秋満義孝は1929年(昭和4年)生まれ。1940年代後半に日本で巻き起こった熱狂的なジャズ・ブームの立役者であり、そのスウィング・ピアノは“国宝級”であると言っても過言ではない。いや、まさにそれを証明するかのようなプレイが、当夜は会場に響き渡っていた。

「A列車で行こう」「L-O-V-E」「慕情」を、キャロル山崎の歌唱で。

そしてセット中盤は、秋満義孝のソロ・ピアノで「センチメンタル・ジャーニー」「ケ・セラ・セラ」「秘めたる恋」「イッツ・マジック」と、ドリス・デイ主演の映画にちなんだ選曲をメドレーで。

そして後半はキャロル山崎を迎えて、「二人でお茶を」「恋人よ我に帰れ」「バラ色の人生」でセットのラストを飾った。

アンコールの「港の見える丘(英語ヴァージョン)」では、ファースト・ステージを流麗な“ひばりナンバー”のジャズ・アレンジで魅せてくれた田中和音が秋満義孝と並んで鍵盤を弾き合うというスペシャルな演出もあり、客席を埋めたひばり&ジャズ・ファンの“真夏の夜の想い出づくり”にひと役買うことができていたようだ。

補足

当夜はホール場内入口前のホワイエに気仙沼の名産品が並べられ、募金も行なわれた。

また、復興支援音楽の会では前記のようにジュニア・ジャズの活動支援などのための寄付も募っている。

振込先は以下のとおり。
★【ゆうちょ銀行】10230-91511(復興支援音楽の会)
★【ほかの金融機関からの振込】ゆうちょ銀行 店名[〇二八(ゼロニイハチ)]、店番[028]、預金種目[普通預金]、口座番号[0009151]


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